大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成4年(く)173号 決定 1992年10月30日

主文

本件各即時抗告をいずれも棄却する。

理由

本件各即時抗告の趣意は、申立人作成名義の「正式裁判請求権回復の申し立て並びに正式裁判の申し立てに対する棄却に関する不服申し立て書」と題する書面に記載してあるとおりであるから、これを引用するが、要するに、申立人がした本件正式裁判請求権回復請求及び正式裁判請求をいずれも棄却した原決定は違法不当であるから、これを取り消して相当な裁判を求める、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査して検討するに、足立北郵便局配達担当者K作成の平成三年一二月二八日付け郵便送達報告書には、同配達担当者が、同日午後三時、申立人の住居地で本件略式命令謄本を受送達本人である申立人に渡して送達した旨が記載されているが、原裁判所の事実取調べの結果によれば、次のような事実関係を認めることができる。すなわち、前記配達担当者が本件略式命令謄本を申立人に送達するため、平成三年一二月二八日午後三時、申立人の住居地に赴いたところ、申立人が不在で出会うことができなかったので、その場に居た申立人の妻Rに本件略式命令謄本を交付して送達したこと、同女は、昭和四〇年三月七日生まれのフィリピン人であるが、昭和六〇年ころ本邦に来て申立人と知り合い、同六三年ころ申立人と結婚して子をもうけ、申立人とその住居地において同居している者であって、日本語の読み書きはほとんどできず、理解能力も必ずしも十分ではないが、日常会話は片言の日本語で用を足すことができ、本邦内で通常の社会生活を営んでおり、郵便物を受け取る際に印鑑を押すことの重要性についても認識していたこと、申立人は同女に対し、留守中に配達された郵便物については、それが重要な書類であるか否かにかかわりなく、全て一階六畳間のタンスの一番上の引き出しの中(印鑑も同所に置いてある。)に保管するように指示し、申立人が帰宅後それを見て確認していたこと、そして、同女は、本件略式命令謄本については、前記配達担当者から受け取った上、郵便送達報告書の受領者の押印又は署名欄にFと刻した印を押捺し、いつものとおり右引き出しの中に入れて置いたこと、申立人は同日以降旅行等に出掛けていて長期間不在にしていたということはなく、毎日帰宅していたこと等の事実が認められる。

右の事実関係によると、本件略式命令謄本の送達は、刑訴法五四条により準用される民訴法一七一条一項のいわゆる補充送達の方法によったものであるところ、申立人の妻が、送達の趣旨を理解し受領した書類を送達名宛人に交付することが期待できる程度の能力を有する者であると認められるので、民訴法一七一条一項所定の「同居者にして事理を弁識するに足るべき知能を具うる者」に該当し、本件補充送達は適法のものということができる。申立人は、本件略式命令謄本を見ることなく時日が経ち、法定期間を経過した後検察庁からの罰金納付命令書が送達されて初めて略式命令が発せられていることを知ったというが、右のとおり、本件補充送達が適法になされたものである以上、申立人が本件略式命令謄本を見ていないとしても、申立人に対する関係でその送達としての効力が生じているものといわなければならず、しかも、前記認定のように、本件略式命令謄本を受領した妻は、申立人の指示に従って、これを前記引き出しの中に保管したのであるから、妻がそのことをあらためて申立人に伝達しなかったとしても、申立人において容易にこれを了知することができる状態にあったし、また、申立人は、予め略式命令謄本送達を予想することができ、かつ、送達後直ちに正式裁判の請求手続をとるつもりでいたというのであるから、妻に対し、予め注意を喚起したり、あるいは送達後遅滞なく申立人に伝達させるための対策を講ずることができたにもかかわらず、これらの適切な措置をとらずにいた上、記録を精査しても、本件略式命令謄本が一旦前記引き出しの中に保管された後、いかなる事由によって遺失したのかについて、申立人らにおいて明らかにすることができず、仮に申立人らの子がいたずらして遺失したものとしても、それは申立人らの郵便物の保管方法等に手落ちがあったものといわざるを得ない。

右によれば、本件正式裁判請求の法定期間の徒過は、申立人自身及び代人である申立人の妻の重畳的な責に帰すべき事由に起因するものといわなければならず、刑訴法四六七条により準用される同法三六二条にいう「自己又は代人の責に帰することができない事由」によるものとはいえないというべきである。

以上のとおり、いずれにしても、申立人の本件正式裁判請求権回復請求は不適法であって、許されないことが明らかである。そして、本件正式裁判請求権回復請求が許されないものである以上、これと同時になされた申立人の本件正式裁判の請求は、その法定期間を徒過したものとして正式裁判請求権消滅後になされたものであり、これまた不適法である。

したがって、本件正式裁判請求権回復請求及び本件正式裁判請求はいずれも不適法であるので、これらをいずれも棄却した原決定は正当であって、原決定には所論のような非違はない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法四二六条一項後段により、本件各即時抗告をいずれも棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官小泉祐康 裁判官鈴木秀夫 裁判官川原誠)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例